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2010年05月08日

勝手


↑灯篭の中を自由に遊んでみました、の巻っ☆(by忍者ハットリくん)

昨日の続きで、最近、「何か伝えたいことがないといかんのか?」
と思ってて。
メッセージ性があるのと無いのとでは作品ってやっぱり違うと思うから。

でもねえ、基本「内からホトバシル熱い思い」を持たない人間で、
ぼーっと生きてるから、
人に言われたり人が言ってたりするのを聞いて、
「人間ってこーしないといけないの~ひえ~」って焦ってしまうけど、
我に返ってみれば、からっぽだったりするんです。
だから、これもそんな焦り(笑)

自分の場合は、「反応」とか「レスポンス」が大きいのかなーっとふと浮かびました。
なんだろー、何かを享受した時に「それもいいけどこれは?」
とか「そうこれいい!じゃーこれをもっと特化してみたい!」とかが動機。

昨日の谷川俊太郎さんの対談の話で、
「是非伝えたい!って積極的にはなれない」
っておっしゃってた後に、
ではどう思って作品を作っているかという問いに対して、
「伝えたいことを表現するというより、
綺麗な焼き物を作ってちょっと置いてみて、
で、みんなが好きになってくれたらいいなあと思って書いてます」
ってあって。
はーこれでいいんですか~~って安心した。
と同時にこっちの方が信用出来るーって思った。

自分自身がそーゆーからっぽ人間だと自覚していると、
なんだかねえ、「自分はこれに生きる!これで世界を変える!」
ってのに対して猜疑心を抱いてしまう。
他人がそーやっているのに対しては羨ましかったりするけど。

人も勿論自分自身がもっと、流動的で高尚ではなくって、
「永遠」なんて信用してないからかなあ。
あ、だから、橋本治さんのエッセイは、そーゆーのが基本に感じられて好き。
なんだろう、自分自身を高みにおいて文章始めないというか。
そこらのおっさんとかおばちゃんが書いてるねん(でも内容凄いねん)だから、
思わぬ視点とか思わぬところからパンチ飛んできたり論点が移ったりして。
自分を高みに押し込めていないし、「これを書く!」って自分自身の範囲を限定してなくて、
めっちゃ視界が広いからかな。

あーまたまとまらなかった(笑)
うーん、とりあえず今は、「最低限のことでいいのかな?」って思ってます。
えっとね、食べる前に必ず手を合わせないと気が済まないのだ~とか、
そーゆー何か根底の譲れないこと。
結果「行動」することは必然の話として、意識的にはそーゆー最低限譲れないことを
なんか自覚していけばいいのかなあ、と。

好き勝手書きすぎた(笑)
また明日続けたかったら続きます(笑)


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Posted by 切刻亭 at 23:59 │和風